刑法学者の脳内事件簿 その1

ケース1
エヌ氏は東京拘置所に勤める刑務官で、その日ある重要な任務を果たすはずであった。しかし、エヌ氏は当日寝坊をしてしまった。急いで家を出たエヌ氏は、法定速度を破り職場への道をすっ飛ばしていた。そして、道の真中に飛び出してきた歩行者をエヌ氏は轢き殺してしまった。おどろくべきことに、その歩行者はエヌ氏がその日死刑執行のボタンを押す筈だった死刑囚であり、彼が脱獄し、エヌ氏に轢かれた時間も奇しくも死刑執行の予定時間ピッタリであった。エヌ氏は罪に問われるだろうか。そして問われるとすれば一体どんな論理を用いればよいか。

ケース2
エヌ氏は東京拘置所に勤める刑務官で、その日死刑囚の死刑執行の任務を負っていた。予定通りに彼が職場に着き、総ての手続きを滞り無く終わらせた後、死刑囚を死刑台に立たせ、死刑執行のボタンを押そうとしたその時、その死刑囚に家族を殺された被害者遺族が飛び込んできて、エヌ氏に変わって死刑執行ボタンを押してしまった。この遺族は罪に問われるか。そして、問われるとすれば一体どんな論理によって裁かれるのか。

どちらも星新一氏のショートショートに有りそうな事件である。しかし、この例題自体はおふざけでも何でもなく、このような例外的事由について真面目に考えるのも、刑法学の大事な一つの仕事なのである。
一応の解説及び解答は次回の更新にて。