ゆるっと解説:刑法の適用範囲とエロサイト

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今日は、このニュースをネタに、刑法の場所的適用範囲、特に国内犯の理解についてちょっと解説をする。
刑法は、日本国内で犯された犯罪すべてに適用される*1。これを国内犯と呼ぶ。
また、日本国籍の船舶・航空機内で犯された犯罪も、同様に国内犯として扱われる*2
国外犯処罰規定のある犯罪を除き、日本の刑法が適用されるのは国内犯に対してのみである。

犯罪が複数の国をまたがって行われた場合に、どの地点を基準とするかについては、幾つかの考え方がある。
極端な例だが、スナイパーとターゲットが国をまたいで存在している事例*3で考えてみよう。

①行為地基準
 刑法は犯罪行為に対する規範であることから、行為が行われた地点を基準とする。
 この場合、国内にいるスナイパーが隣国のターゲットを狙撃した場合には国内犯として扱われるが、隣国のスナイパーが国境越しに国内のターゲットを狙撃した場合には国内犯には当たらないことになる。

②結果地基準
 刑法は人の利益を守ることを目的とすることから、犯罪行為の結果が生じた地点を基準とする。
 この場合、行為地基準とは逆に、スナイパーが国内にいてもターゲットが隣国にいる以上国内犯としては扱われない。一方、ターゲットが国内にいる限り海外にいるスナイパーも国内犯として扱われる。

 しかし、このどちらを基準としても処罰に間隙が出来てしまうことは想像できるだろう。そのため、判例*4は犯罪を構成する事実の一部でも国内で生じた場合には国内犯として処罰ができると解している。
国内の犯罪行為を国外で共謀、教唆、幇助した者(要するに共犯者)*5や、国外の犯罪行為を国内で助けた共犯者*6も国内犯として扱われる。

 ここまでが前提の理解である。ここではスナイパーの事例(殺人罪)を例としたため、なぜこのような理解がなされているかはおわかりいただけたのではないだろうか。行為と結果のどちらかが国内で生ずれば、国内法を適用できるというのはシンプルな帰結のように思える。しかし、幾つかの犯罪において、この理解では不都合が生じる場合がある。その一つが冒頭のわいせつ物に関する犯罪である。

 行為が行われた地点がどこであっても、国内で結果が生じた場合には国内犯として扱われるとすれば、アメリカ人がアメリカ人向けにアメリカのサーバーでエロサイトを運営していたとしても、日本の国内法上アウトな表現を日本人のユーザーがアクセスして閲覧した場合、わいせつ物公然陳列罪に問われることになってしまう。
 無修正のエロサイトを運営するアメリカ人は、日本からのアクセスを遮断するか、逮捕されないよう日本旅行を差し控えるくらいしか無いことになる。アメリカでは完全に合法な活動であるにもかかわらず、である。

 このような例は極端だが、最高裁平成26年11月25日決定は日本で作成したわいせつな動画をアメリカのサーバーで運営している有料エロサイトで配信した事件において、日本で動画を作成した者と共に、アメリカでサイトを運営していた者を共犯者としてわいせつ物送信頒布罪に当たるとした。これがまさに本件のパターンである。
 このロジックはなかなか巧妙である。日本の当局としては、ぶっちゃけた話アメリカでエロサイトを運営している者にそれほど興味はないだろう。しかし、日本国内で無修正ものを製造し、海外を経由して日本で頒布することで法規制を回避しようとする者はなんとか捕まえたい。そうでなければ、ただでさえ形骸化しつつあるわいせつ物規制が有名無実化してしまうだろう。そこで、行為が行われているアメリカに居る者を犯罪行為の共犯者とすることによって、国内にいる業者を摘発する方法を取ったのである。ここでは、国内の業者は頒布販売行為には直接的には関与していないため、単独で検挙することは出来ないが、共犯としてなら検挙ができるのである。
 また、わいせつ物送信頒布罪は「陳列」ではなく「送信頒布」が問題となるため、公然陳列罪とは違って客による受信が犯罪の結果となる。それゆえ、最初にあげた「アメリカ人のアメリカ人によるアメリカ人のためのエロサイト」の事例よりは国内犯を認めやすいのである。

 同じような問題は、賭博罪でも生ずる。賭博が合法な海外にサーバーを置くカジノサイトを運営している外国人を国内犯としてよいだろうか。

 このような事例で処罰に抵抗感を感じる理由には、大きく分けて二つあるように思われる。一つは、これらの犯罪が「被害者なき犯罪」であることに由来する。もちろん、わいせつ物もその製造過程において、被害者が居ることもあるし、賭博ものめり込んでしまった人を被害者と呼ぶことはできるかもしれないが、それぞれの行為、頒布販売や賭博そのものは原則的に人を傷つけるものではない。そのため、それを禁止する理由も、健全な風俗であるとか、勤労の美風であるとか、抽象的な理由になりがちである。そのため、そもそもの禁止規定自体に疑問を感じることがありうるだろう。
 二つめが、インターネットを利用した国際間で行われる行為に対して、国内法を当てはめることへの抵抗感だろう。今回解説したように、今回の事件は判例の理解を外れるものではない。しかし、その判例の理解自体にも疑問をもつ余地はあるだろう。テクノロジーの発展で、インターネット上においては国境の概念は曖昧になりつつある。それに法がどう対応するかは、今後の技術発展、文化発展に日本がついていくことができるかにとっても重要な要素である。(そこ、もうついていけてないとか言わない)

テクノロジーと刑事法ネタとして、近年アメリカで急速に発展しているバイナリーサーチ理論について、次回書くかも書かんかも。

*1:刑法第1条 この法律は、日本国内において罪を犯したすべての者に適用する。

*2:第1条2項 日本国外にある日本船舶又は日本航空機内において罪を犯した者についても、前項と同様とする。

*3:実際には、殺人罪は国外犯も処罰される。刑法第3条は海外で現住建造物等放火や強姦や殺人を犯した日本国民に刑法を適用するとし、3条の2は日本国民に対して強姦や殺人を犯したものに刑法を適用すると規定している。この辺の経緯もちょっと興味深いが、今日は割愛

*4:大判明治44年6月16日

*5:最決平成6年12月9日

*6:東京地判昭和56年3月30日