刑事訴訟法475条二項但書の読み解き

平田容疑者の出頭

年明けのトップニュースといえばこれに尽きるだろう。すでに様々な報道がなされているが、今回は平田容疑者の出頭の理由ではないかとも疑われている、死刑執行の遅延について着目したい。

刑事訴訟法475条の基礎知識

刑事訴訟法475条
一、死刑の執行は法務大臣の命令による
二、前項の命令は、判決確定の日から六箇月以内にこれをしなければならない。但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であった者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。

このブログの読者がどの程度の法律知識を持っているかは不明(そもそも読者がいるかどうかという疑問もあるが、定期的に回るカウンターから見ている人は居ると推定したい。)であるので、簡単に条文の構成から解説しよう。
まず、475条の下にあるのが一項二項と言う括りである。条文によっては、この下に号という、列記、列挙に用いられる項目があることもある。*1
さらに、項の文章のなかに但書と呼ばれる、後段の文章がある。475条二項の場合、「但し、」以下の文章がこれに当たる。この場合は丁寧に「但し」と断りがあるが、これがない場合も例外等を示す後段の文章は但書と呼ぶ。
この但書が今回のテーマである。

刑事訴訟法475条の趣旨

そもそもの本条の趣旨は、刑事訴訟法472条の「裁判の執行は、その裁判をした裁判所に対応する検察庁の検察官の指揮のみをもっておこないうるもの」という裁判の執行指揮に関する原則規定の例外規定である。死刑が人の生命を奪い極刑であり、一旦執行されると回復が不可能であることから、その執行手続を特に慎重にし、法務の最高責任者たる法務大臣において死刑判決にたいし改めて再審、非常上告等の非常救済手続をとる必要の有無を確かめ、また中央更生保護審査会の審査を通じた恩赦をすべきかどうかを調査した上で執行をするための規定である。
同時に、本条二項により、原則として判決確定の日から六ヶ月以内にしなければならないという期限を付して、確定判決がいつまでも執行されないまま放置されないようにしたものである。この規程は、いつまでも死刑執行の命令をせず、恩赦を与えることもなく、長期間にわたって死刑確定者に不当に死への恐怖を与え無い為と、法的理由なくその執行をいつまでも遅延させることを確定判決尊重の観点から防止するためのものである。なお、前者の立法趣旨に関しては、団藤教授をはじめとする死刑廃止論の学者からは疑問とされている。

刑事訴訟法475条2項と法務大臣の問題

ニュース等でご存じの方も多いだろうが、この刑事訴訟法475条2項は全く守られていない。基本的に法務大臣がサインをするのは6ヶ月をゆうに過ぎた死刑確定者ばかりであり、6ヶ月以内に執行されることはない。この条項自体が、「訓示規定」つまり、いつまでも執行を遅らせるなという訓示を示したものに過ぎないと解する人もいる。(というか、そう解さないと法務大臣の行為は違法である。)また、再審無罪のニュースが飛び交う中で、執行に慎重を期すこと自体はそもそもの立法趣旨には反しないので、それほど大きな問題とはならない。

刑事訴訟法475条2項但書

やっと今回の本編である。まず、本項但書の条文を素直に解すれば、本項所定の期間をこの六ヶ月の期間に算入しないとあるだけで、その間における執行命令を禁ずるものではない。しかし、執行を差し控える法的理由がある場合にその執行を命ずる限りではないことは当然と言える。
実は、これに関連した高等裁判例がある。本条二項但書に「共同被告人であったものに対する判決が確定するまでの期間」は執行命令の原則的期限である六ヶ月に算入しないとあるが、共犯者が未逮捕の場合はその規定を必要としないとする。(大阪高判昭28・5・19高判特28−30)
また、恩赦出願や再審請求についても、それによって何時までも死刑が先延ばしになる事例があるために、三回以上行われていた場合は、請求中であっても死刑の執行が行われる運用体制になっている。

平田容疑者の出頭と死刑執行

では、平田容疑者の裁判中に松本智津夫の死刑を執行できるか。平田容疑者が裁判にかけられる事件とは別の事件で死刑が確定している松本智津夫は、平田容疑者の裁判によって死刑判決がひっくり返ることはありえない。よって、平田容疑者の裁判に松本智津夫の証言が必要となるか否かが問題であるといえる。しかし、ニュースなどを見る限りにおいては、彼は証言など出来る状態ではないようである。つまり、厳密に言えば松本智津夫の死刑を回避する法的理由は薄いといえる。もちろん、条文の規定の趣旨と、現状の運用方法を鑑みると、このタイミングで死刑を執行するとするならばかなりの政治的意図が働いていると言わざるを得ない。

内閣改造の影響

先日新内閣の顔ぶれが発表され、一年間死刑の執行の無い年を作った平岡氏が、小川法務大臣と交代になった。小川氏は元検察官である。防衛大臣や副総理の人事ばかりが注目されているが、この法務大臣にも野田総理の大きな意図を感じる。

*1: 憲法第七条なんかがわかりやすい